うみべが迎えた2度目の夏のこと。
しーちゃんという1人の女性がうみべに通いはじめた。

    
しーちゃんは「ドライブ行く?」といった自分のやりたいことへの欲求を短い言葉で伝えることはできるんだけど、
みんなと楽しく会話をすることができなかったり、
人が大勢いる場所が苦手。

にぎやかなうみべの中でいつも一人で過ごしていて、
表情も無い日々が続いていた。

    
そんなある日の午後、

    
数週間前に職員になったばかりのサヤカさんが、

「すみません!しーちゃんのサンダルが海に流れてしまいました!虫取り網か釣り竿貸してください!」

と血相を変えて玄関から入ってきた。

何事かとみんなで現地に行ってみたところ、
しーちゃんのサンダルは数百メートル先の沖へ。

それでもなんとか取り戻そうと
一生懸命に釣り竿を構えるサヤカさんの姿に、
みんなで笑った。

よく見ればしーちゃんも一緒に笑っていた。

    
1時間前、しーちゃんが急にサヤカさんの手を引いて「海行きたい」って言ってきたみたい。

    
サヤカさん、そんなしーちゃんの姿が嬉しくって波打ち際で一緒に夢中になって遊んでて、
しーちゃんのサンダルが流れ始めたのに気づかなかったんだって。

    
うみべで働きはじめたばかりのサヤカさんは、
このことをみんなに怒られると思ったんだろうな。

怒るわけないよ、しーちゃんがこんなに笑ってるんだもん。

    
『ため息の前に、うみべにおいでよ。』